核磁気共鳴(NMR)法は原子1個の分離能を有する分光分析法です。溶液または固体の状態で測定できるので、有機化合物、生体高分子、材料などの分野の研究者にとって欠くことのできない分析法となっています。NMRメーカーである弊社は分光計、検出器および磁石の開発・製造だけでなく、スペクトルを解析するソフトウェアの開発にも力を注いでいます。 ソフトウェアDynamics Center (DC)は、NMRスペクトルから対象分子のダイナミクスの解析を行います。DCでは縦緩和時間(T1)、横緩和時間(T2)および拡散係数などの解析を行います。DCはTopspin内蔵のT1/ T2 relaxation moduleに比べてより詳細な解析が可能であり、また、ユーザー設定の実験の解析にも適用することができます。
縦緩和はパルスによって横方向に倒れた磁化が次第に静磁場の方向に戻る過程を示します。NMR測定ではT1を知ることにより効率的な積算ができるようになります。例えば1次元の測定では、90度パルスを用いて積算する場合、教科書的にはT1の5倍以上の待ち時間が必要となります。また30度パルスを用いて積算する場合はT1の2.5倍以上の待ち時間を設定します。このように待ち時間を適切に設定することで効率良く、正確なNMRシグナルの強度比(積分比)を得ることができます。したがって、T1を調べることは、定量的な解析を行う上で特に重要となります。 横緩和は磁化ベクトルの横軸成分が減衰していく過程を示します。低分子ではT2≒T1となることから、T2を測定する機会は少ないと言えます。しかし、T2を調べることはFIDを取り込む時間を設定する際の参考となります。 NMRは原子レベルの分離能を有するので、対象分子の各原子のT1やT2を調べることにより、ある原子またはある領域の緩和時間が異なる、すなわち、運動性が異なるということがわかります。 また、創薬の分野では、スクリーニングに緩和時間測定が利用されています。まず、低分子ライブラリの緩和時間を測定し、次いで、この低分子と蛋白質を混合した状態で緩和時間を測定します。ここで両者の低分子の緩和時間を比較することにより、ヒット化合物の選別を行います。この方法は、蛋白質を安定同位体標識する必要がないので、簡便なスクリーニングと言えます。
拡散係数の解析を行うことにより、分子の拡散速度に基づいた議論ができるようになります。たとえば、二つの異なる分子の拡散係数の違いを利用して、混合物中の二つの分子のNMRシグナルを分離することができます。または、一つの分子において伸びた構造と丸まった構造の平衡状態にある場合、拡散係数の実験により両者を識別することができます。 ソフトウェアProtein Dynamics Center (PDC)は蛋白質のアミノ酸残基ごとのT1、T2およびヘテロNOEの各測定の解析と、それを用いたモデルフリー解析による蛋白質主鎖のダイナミクスの解析を行うことができます。また、構造変化による遅い運動も解析できます。これらの解析は、蛋白質が持つ動的な構造と機能発現との相関を考察する際に役立ちます。 本Webinarでは、緩和時間と拡散係数測定のイントロダクション、ならびに、DCおよびPDCを用いた解析の手順を紹介します。NMRによるダイナミクスの解析は様々な分野において必要とされています。本Webinarがビギナーの方から構造解析を実践されている方までお役に立つものと信じております。
縦緩和時間(T1)、横緩和時間(T2)および拡散係数に代表される分子の動的な挙動を反映する物理量を原子分解能で得られることは核磁気共鳴(NMR)法の分析手法としての大きな魅力の一つです。 Bruker BioSpinのNMRデータ解析用ソフトウェアDynamics Center(DC)は、簡便でありながら多彩なオプションをもって測定データを分析し、これらのパラメーターをわかりやすい形で抽出します。本Webinarでは、まず緩和時間と拡散係数測定方法の簡単な説明と、実際にどのように測定データをDCを使って分析していくかを解説していきます。
金場 哲平
バイオスピン事業部 アプリケーション部
佐藤 一
バイオスピン事業部 アプリケーション部