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高感度NMR検出器クライオプローブを用いたポリエチレンの測定

13Cスペクトルを観察することで、高分子材料の分岐・配列・末端等を解析できます。ここでは、高感度NMR検出器クライオプローブを用いた、ポリエチレンの測定例をご紹介します。

はじめに

クライオプローブでは、検出コイルをヘリウムで冷却することにより、シグナルとノイズの比(S/N)が向上します。実際には、S/NのNが激減することによりS/Nが向上します。S/Nすなわち感度が向上すると、スペクトルからピーク強度やピークの面積(積分値)をより正確に読み取ることができます。これにより、ポリマーの分岐構造や立体規則性を高精度に分析できるようになります。また、標準的な室温プローブを用いたスペクトルでは検出できない微小なシグナルを検出できるようになります。これにより、ポリマーの末端構造を詳細に解析できるようになります。

クライオプローブを用いたポリエチレンの測定

ポリエチレンとはエチレンが重合して得られるポリマーであり、最も単純な構造を有するポリマーということになります。しかし、実際には製法により、単純な構造から副反応により分岐を有する構造まで、微細構造が異なるポリエチレンが存在します。その結果、その物性に多様性があり、それらの特徴を活かして工業製品として製造されます。

13Cスペクトルを観察することにより高分子材料の分岐・配列・末端等を解析できます。検出コイルを冷却して感度を向上させたクライオプローブを用いることで、小さなシグナルを検出できるようになるため、微量な成分の解析が可能となります。また、検出コイルを冷却しながら、サンプルの温度を高温に設定できるため、ポリマーの溶液状態のNMRスペクトルを測定することができます。

ポリエチレンの物性に影響する因子の一つに、分岐構造があります。分岐した側鎖の炭素数により異なる13Cの化学シフトにそれぞれのシグナルが観測されることを利用して、分岐構造の定性・定量分析を行います。

5mm径DCHクライオプローブの13Cの感度は、標準的な5mm径室温プローブのそれと比べて約10倍向上します。室温プローブで同じ感度を得るためには測定時間の二乗の時間を費やす必要があります。DCHクライオプローブで測定された13Cスペクトルと同じ感度を室温プローブで得るために、100倍(=10の二乗)の測定時間が必要となります。NMRを用いて日常業務をする傍ら、このような長時間の測定をすることは困難です。従って、室温プローブを用いたポリマーの詳細な定量分析は困難であると言わざるを得ません。

ここでは、クライオプローブを用いることでポリエチレンの主鎖メチレンに対する分岐構造の量比を算出するのに十分なシグナルが得られるかを検証しました。

結果と考察

図1に、5 mm径 DCHクライオプローブを用いて測定したポリエチレンの125 MHz 13Cスペクトルを示しました。

検出器(DCHクライオプローブ)の温度を125℃に設定し、Inverse Gated 1Hデカップリングをしながら13C 30度パルスで励起するパルスプログラム zgig30 を用いて4,192回積算しました。分岐した側鎖の炭素数により13Cシグナルがそれぞれ観測されました。それぞれのシグナル強度を用いて分岐構造の定量分析ができます。

低磁場側から、分岐した側鎖の炭素数4個(C4分岐)、同炭素数6個以上(C6+分岐)、 同炭素数2個(C2分岐)、および同炭素数1個(C1分岐)由来のシグナルが観測されました。主鎖メチレン由来のシグナル強度を1000個分の炭素としたとき、C4の分岐構造の量は6.7個、C6+分岐の量は4.5個、C2分岐の量は2.4個、C1分岐の量は0.4個となりました。

図1において、DCHクライオプローブの代わりに、5mm径室温プローブを用いると、S/Nが約1/10に低下します。今回の積算回数の条件では5mm径室温プローブを用いることにより、C2およびC1分岐由来のシグナル強度を見積もることは難しいと考えられます。

以上のように、クライオプローブを用いて、高温における溶液状態のポリエチレンの分岐構造を簡便に定量することができました。

謝辞

本稿作成にあたり、株式会社東ソー分析センター 田中孝博士に測定および解析のアドバイスを頂戴しました。御礼申し上げます。

図1.低密度ポリエチレン(44 mg)を重 o-ジクロロベンゼン(500 μL)に溶解した試料の125 MHz 13Cスペクトル。検出器(DCHクライオプローブ)の温度を125℃に設定し、Inverse Gated 1Hデカップリングをしながら13C 30度パルスで励起するパルスプログラム zgig30 を用いて4,192回積算しました。