はじめに
クライオプローブでは、検出コイルをヘリウムで冷却することにより、シグナルとノイズの比(S/N)が向上します。実際には、S/NのNが激減することによりS/Nが向上します。S/Nすなわち感度が向上すると、スペクトルからピーク強度やピークの面積(積分値)をより正確に読み取ることができます。これにより、ポリマーの分岐構造や立体規則性を高精度に分析できるようになります。また、標準的な室温プローブを用いたスペクトルでは検出できない微小なシグナルを検出できるようになります。これにより、ポリマーの末端構造を詳細に解析できるようになります。
クライオプローブを用いたポリプロピレンの測定
ポリプロピレンは日用雑貨、工業部品や包装用フィルムなどの用途として広がっています。また、ポリプロピレンはアイソタクティックポリマー、アタクティックポリマー、シンジオタクティックポリマー、または立体規則性の異なる連鎖がブロック的に結合したステレオブロックポリマーからなります。ポリプロピレンを製造するメーカーは、これら立体規則性を制御しながら製造を行っています。
5mm径DCHクライオプローブの13Cの感度は標準的な5mm径室温プローブのそれと比べて約10倍向上します。室温プローブで同じ感度を得るためには測定時間の二乗の時間を費やす必要があります。つまりDCHクライオプローブで測定された13Cスペクトルと同じ感度を室温プローブで得るために、100倍(=10の二乗)の測定時間が必要となります。NMRを用いて日常業務をする傍ら、このような長時間の測定をすることは困難です。従って、室温プローブを用いたポリマーの詳細な定量分析は困難であると言わざるを得ません。
ここでは、クライオプローブを用いることでポリプロピレンの五連子のピーク分率を算出するのに十分なシグナルが得られるかを検証しました。
結果と考察
5 mm径 DCHクライオプローブを用いて測定した、ポリプロピレンの125 MHz 13Cスペクトルを図1に示しました。
検出器(DCHクライオプローブ)の温度を125℃に設定し、Inverse Gated 1Hデカップリングをしながら13C 30度パルスで励起するパルスプログラム zgig30 を用いて4,192回積算しました。このポリプロピレンは側鎖のメチル基の配列様式により立体規則性を生じます。立体規則性はメソ(m)体とラセモ(r)体からなります。スペクトルの観察から、五連子(ペンタッド)の一つである mmmm体が最も多く存在し(95.1%)、次いで mmmr体とmmrr体が二番目に多く(それぞれ1.6%)存在することがわかりました。その他の五連子についてもシグナル強度からピーク分率が得られました。まとめると表1の通りです。
図1において、DCHクライオプローブの代わりに、5mm径室温プローブを用いると、S/Nが約1/10に低下します。今回の積算回数の条件では5mm径室温プローブを用いることにより、微小な五連子由来(特にmrrm, rrrr, rrrm, rmmr, rmrm, mmrm, rmrr)のシグナル強度を見積もることは難しいと考えられます。
以上のように、クライオプローブを用いて、高温における溶液状態のポリプロピレンの五連子のピーク分率を簡便に求めることができました。
謝辞
本稿作成にあたり、株式会社東ソー分析センター 田中孝博士に測定および解析のアドバイスを頂戴しました。御礼申し上げます。
参考文献
[1] Busico, Cipullo, Monaco, Vacatello (1997) Macromolecules 30, 6251-6263.