アプリケーションノート -  磁気共鳴

パーキンソン病におけるα-シヌクレインの構造変化をESRが解明

「電子スピン共鳴(ESR)法は、aS[α-シヌクレイン]のダイナミクスや立体構造の研究に適した分析技術です。」

「電子スピン共鳴(ESR)法は、aS[α-シヌクレイン]のダイナミクスや立体構造の研究に適した分光分析技術です。」

コンスタンツ大学の研究グループが、パーキンソン病患者の脳内に確認されている天然変性タンパク質、α-シヌクレインのダイナミクスを、電子スピン共鳴(ESR)分光法を用いて研究しています。

パーキンソン病患者の脳にはしばしばレビー小体と呼ばれるタンパク質の凝集塊が見つかっています。α-シヌクレインはレビー小体に普通に存在するタンパク質であり、疾患の発症に関与すると考えられています。

このことから、パーキンソン病の病態生理に関する進行中の研究の主眼は、レビー小体がなぜどのように形成されるのかという疑問の解明に置かれています1

生理学的条件下にあるα-シヌクレインは、三次構造を持たない天然変性タンパク質の一種です。科学者の間ではα-シヌクレインは、例えばドーパミンなどの神経伝達物質の遊離、輸送、取り込みを促進すると考えられています。

万一このα-シヌクレインに折り畳みの異常(ミスフォールディング)が生じた場合、溶解性が低下して、他のタンパク質と共に凝集してレビー小体を形成することが、パーキンソン病の発症の一因であるとされています。しかし、何がα-シヌクレインのミスフォールディングを引き起こすのかは現時点では明らかにされていません。

研究者らは、α-シヌクレインのミスフォールディングとレビー小体への凝集を未然に防ぐ手段があれば、パーキンソン病の進行を遅らせ、あるいは阻止することが可能になるかも知れないと考えています。

タンパク質のin vivoダイナミクスに関する情報をESRで明らかにすることができます。

電子スピン共鳴(ESR)は、in vivoにおけるタンパク質の構造やダイナミクス解析を目的として、一般に選択されている手法です。

ESRは局所的な分子運動に非常に敏感であり、特定のアミノ酸位置に常磁性の標識を用いてスピンラベルを行う方法が、タンパク質の構造トポロジーやダイナミクスの観測にしばしば採用されています。これは部位特異的スピンラベル(SDSL)法として知られています。

SDSLでは、スピンラベルが柔軟性に富む変性タンパク質の中を非常に高速で移動している場合、タンパク質のESRスペクトルは3本の鋭いピークに収束します。

安定な構造を持つタンパク質に見られるように、スピンラベルの移動が極めて遅いあるいは停止している場合には、ESRのスペクトルピークが変化して次第にブロードになり、ついにはrigidなスペクトルの限界に達して、最終的な構造情報を提供します。

α-シヌクレインのダイナミクスをESRで観測

コンスタンツ大学の研究チームは、他に先駆けてESRによるα-シヌクレインの研究を進めてきました。そして先頃、彼らのSDSL法について、スピンラベル、サンプル調製、分光分析、データ解析を含めた詳細な実施手順が公開されました。 

スピンラベルされたタンパク質を相互作用させたい物質と一緒にインキュベートした後、Bruker BiospinのEMXnano ESR分光計を用いた連続波ESRにより分析します。データ処理にはBrukerのXenonソフトウェアを、データ解析にはEasySpin 5.2.8が使用されています。

研究チームは他にも幾つかの論文により、α-シヌクレインとその相互作用に関するSDSL法を用いた研究を公表しています。

α-シヌクレインは、例えばミトコンドリア膜に結合してらせん構造を取るなど、他の物質との相互作用を通じて様々な構造を取ることが示されています。

また、パーキンソン病患者に見られるα-シヌクレインの変異型も、野生型のα-シヌクレインも、細胞内では天然変性状態を維持していることも明らかになりました。

コンスタンツ大学の研究チームが開発したESR技術が、健常およびパーキンソン病患者におけるα-シヌクレインのダイナミクスの解明に向けた取り組みの足掛かりとなるに違いないでしょう。

参考文献:

1 Cattani J, et al. Probing Alpha-Synuclein Conformations by Electron Paramagnetic Resonance (EPR) Spectroscopy’ in ‘Alpha-Synuclein: Methods and Protocols’. Molecular Biology, 2019. DOI: 10.1007/978-1-4939-9124-2_19.