アプリケーションノート -  磁気共鳴

ヒト族の骨を巡るニュースで「ホビット」の知識がより具体化

電子スピン共鳴が人類の歴史を紐解く鍵に

電子スピン共鳴が人類の歴史を紐解く鍵に

それは「とりわけ多くの議論を呼ぶヒト族に関する驚異的な世紀の大発見」である、とオーストラリア博物館の考古学専門家は断言しました。6月に多国籍研究者チームが、考古学研究の重要遺跡であるインドネシアのフローレス島から、過去に発掘されたものよりも古い人骨を発見したと報告しました。この発見によって、過去に発見された「ホモ・フローレシエンシス」――身長1メートルで大きな足と小さな脳を持つヒト属――についての理解がさらに深まることになります。研究者たちは、J・R・R・トールキンのファンタジー小説『ホビット』と『ロード・オブ・ザ・リング』にちなんで、この小さなヒトに「ホビット」という愛称をつけました。

専門家の中には、いわゆるホビットが本当にヒトの独立した種なのかどうか疑問視する向きもありました。この小型のヒトは、既に分かっているヒトの種の奇形に過ぎないのではないかと指摘しました。人骨に関する最近の発表があったことで、証拠の重要性から、ヒト族の系統樹に別の枝が存在することを示し、ホビットに「ホモ・フローレシエンス」という独立した種名が与えられる可能性を高めています。

ホビットは人類の仲間の中でも年代的に最も新しいものであるため、現生人類「ホモ・サピエンス」の祖先について理解を深めようとする科学者たちには、彼らについて知ることは特に興味深いテーマです。一部の考古学者は、我々ホモ・サピエンスはインドネシアの島でホビットに遭遇していた可能性があるばかりか、彼らの絶滅に関係していた可能性があると推定しています。

Nature誌2016年6月9日号の記事「フローレス島で発見された最古の化石人類の年代と状況」で取り上げた一連の試みの中で、研究者たちはフローレス島マタ・メンゲで発見された人骨の年代判定に使用した方法を詳しく説明しています。発見された骨には歯と顎骨の一部が含まれ、これらは考古学の分野において、人骨の年代を判定するための貴重な資料です。

当時と現在の人骨、年表の作成

過去の文明を理解しようとする考古学者にとって何よりも優先されるのは、年表を作ることです。彼らはそのために様々な研究手法を駆使しています。

2003年にフローレス島のリャン・ブアで発見されたホビットの骨は、19万から5万年前のものと推定されています。最近発見されたホビットの祖先のものと思われる骨は、フローレス島のマタ・メンゲで発掘されました。科学者は石、堆積物、化石、道具を分析した結果、マタ・メンゲの化石は、それまで考えられていたよりもはるかに古いおよそ70万年前の人類のものだと推定しました。マタ・メンゲとリャン・ブアのヒトの関係を明らかにするには、さらに調査が必要です。

電子スピン共鳴と2本の臼歯

マタ・メンゲの化石は原位置(in situ)で発掘されたため、研究者は化石そのものだけでなく化石周囲の砂岩、火山灰などの堆積物も分析しました。また、遺跡で発見された石器がどのように使われていたかという情報も統合しました。

研究者は、単結晶レーザー核融合40Ar/39Ar年代測定法を使って化石周辺の火山物質に関するデータを収集しました。この過程ではブルカーの微小部蛍光X線分析装置が役立ちました。化石の歯はウラン系列年代測定法と電子スピン共鳴(ESR)年代測定法を組み合わせて分析しました。ESR法とウラン系列法は相互に補完し合うため、より正確に年代を特定することが可能です。

電子スピン共鳴(ESR)測定にはブルカーのElexsys 500分光計が使われました。1H-NMRと同様、ESRは試料を破壊しません。これは、遺跡の発掘で発見されたものなど、希少な発見物を保護するために重要なことです。プロトンに対しラジオ波周波数のエネルギーを当てる1H-NMRと異なり、ESRは電子に対するマイクロ波エネルギーの衝撃を利用します。これを電子常磁性共鳴(EPR)または電子スピン共鳴(ESR)といいます。

執筆者によると、「ヒトの歯根をウラン系列法単独で年代測定したところ、この試料の年代は少なくとも0.55Maであるが、ウラン系列法とESR法を組み合わせた年代測定により、年代はおよそ0.36Maから0.69Maの間であることが分かった。したがって、総合すると、複数の年代測定法によりこのヒトの化石の年代は最大0.70Ma[70万年前]であると確認された」ということです。

研究者たちは異なる測定法の結果を組み合わせることで、マタ・メンゲのヒトはおよそ70万年前に生きていたと結論づけ、フローレス島で発見された最古のヒトであるとしました。

なぜヒト族の研究が重要なのか

科学者はホモ・サピエンスがホビットの直系の子孫だとは考えていませんが、ホモ・サピエンス とホモ・フローレシエンシスは共通の祖先を持つと考えています。

ホモ・サピエンスは自己認識を持つ生物であり、自分たちは何者か、どこから来たのか、世界のどこにいるのかということに興味を持ちます。祖先の系譜、地球上を旅した経路、発達の過程、相互関係、文明を理解することは、われわれの種に固有の属性かもしれない自己意識そのものを探究することでもあります。

考古学は、ほかの科学研究と同じく、単に事実、遺物、年代、数量、骨を収集するだけではありません。それぞれの知識が、私たち自身、私たちの社会や文化、私たちの住む世界をより広く深く理解することにつながるのです。

参考文献

Brumm et al., “Age and context of the oldest known hominin fossils from Flores,” Nature,doi:10.1038/nature17663, 2016.

Homo floresiensis: One of the most controversial and surprising hominin finds in a century. http://australianmuseum.net.au/homo-floresiensis

van den Bergh et al., “Homo floresiensis-like fossils from the early Middle Pleistocene of Flores,” Nature,doi:10.1038/nature17999, 2016.

Duval, M. et al. The challenge of dating Early Pleistocene fossil teeth by the combined uranium series–electron spin resonance method: the Venta Micena palaeontological site (Orce, Spain). J. Quaternary Sci. 26, 603–615 (2011).

Duval, M. Electron Spin Resonance (ESR) dating of fossil tooth enamel, in Encyclopedia of Scientific Dating Methods (eds. Rink, W. J. & Thompson, J.) 1–11 (Springer Dordrecht, 2015).

“Oldest-Known “Hobbit”-like Fossils Found,” By Tanya Lewis, The Scientist, June 8, 2016. http://www.the-scientist.com/?articles.view/articleNo/46262/title/Oldest-Known–Hobbit–like-Fossils-Found/.