ESRによる医薬品分析

劣化の検出と評価

治療薬は、適切な投与量と患者の安全性を確保するために、十分に劣化特性を考慮した保存期間を設定する必要があります。劣化のプロセスには、フリーラジカルや遷移金属が関与していることが多く、これらが医薬製品が変化する大きな要因となっています。ESR信号を分析することで、製品の劣化に関与するフリーラジカルの同定、定量および経時変化をモニターすることができます。

光照射によるニフェジピンの光分解では、窒素系のフリーラジカルの生成が見られます。フリーラジカルの量は、分解の程度と相関します
光分解前と光分解後のニフェジピンのESRスペクトル

安定性と保存性の最適化

強制酸化は「ストレステスト」とも呼ばれ、純度、有効性、安全性に影響を与える医薬品の安定性を予測するために、医薬品開発の現場で日常的に行われています。ストレステストでは多くの場合、医薬品を熱や光、化学物質にさらすことで、分解経路の解明、本質的な安定性や保存期間の評価、安定した剤形の開発、抗酸化物質の効率性の評価などを行います。

ESRによって、抗酸化物質Bよりも抗酸化物質Aの方が、製剤中のフリーラジカルを低減させる効果が高いことがわかります。

反応モニタリング

医薬品の規制では、反応性中間体の同定など、原薬製造に関わる基本的な化学的理解が求められています。医薬品の開発には、特定の特性を示す新しい化合物を次々と投入することは不可欠であり、ESRによる反応モニタリングは新薬の合成を最適化するための重要なステップとなります。

さらに、反応のメカニズムを理解することで、コスト削減や製品の質を高めることにつながります。ラジカルや遷移金属を含む化学的理解は、製品の収率を最大化し、環境への負荷を最小限に抑えるための不可欠な要素です。

インドリンの酸化メカニズムの経路図
Peng F. et al. (Merck), A mild Cu(I)-catalyzed oxidative aromatization of indolines to indoles, J. Org. Chem. (2016) 81 10009

滅菌処理

表面を適切に滅菌することは、医薬品そのものだけでなく、医薬品の製造、機器、包装においても重要です。最も一般的に使用されている滅菌プロセスは、ガンマ線や電子線の照射、乾熱、加圧です。これらのプロセスは、照射された物質が劣化する原因となるフリーラジカルを発生させ、滅菌された製品の物理化学的特性の変化につながります。また、滅菌中の部分的な医薬品の分解によって毒性が生じる危険もあります。

例:

 

  • 固体状態の薬剤(カプトプリル、セレギリン、ペントキシフィリン)にガンマ線を照射すると、SまたはC中心のフリーラジカルが発生します。
  • ラジカルの構造を明らかにすることで、放射線分解のメカニズムの理解が深まります。
  • ラジカルの量を定量化することにより、医薬品の放射線滅菌の閾値を設定することができます。

 

常磁性不純物のプロファイリング

全ての医薬品には、原薬、賦形剤、またはその両方に由来する不純物が含まれています。また、製剤、包装、保管中に、不純物が混入することもあります。不純物は、治療効果の低下、製品の保存性の低下、毒性の誘発など、多くの望ましくない影響を及ぼします。有機不純物は、副生成物、中間体、または分解プロセスに由来するフリーラジカルであることが多く、無機不純物は遷移金属であることが多数です。高感度のESR法は、ppbオーダーの不純物の存在を検出することができます。

金属濃度とESR信号の相関関係