アプリケーションノート -  磁気共鳴

多次元NMRを用いた海洋性抗生物質の発見

多毛類の一種、M. infundibulumの粘液に関する詳細な特性評価がこのほど終了しました。その元素組成の決定に続き、Bruker AVANCE™ III 400 MHz分光計を使用した、多核および多次元核磁気共鳴(NMR)分光法による詳細な分析が実施されました。

「....M. infundibulumの粘液中のリゾチームは、新たな抗菌薬として創薬における有力な候補化合物となり得ます」

抗生物質は医学的進歩の象徴であり、それまで致命的だった重大な細菌感染症を治療できるようになりました。しかしながら抗生物質の乱用により、一定の細菌株が各種抗生物質の耐性を獲得し、感染症の制御がより困難になっています。

この問題は、重大な感染症治療のために備蓄されている特に効果が高い抗生物質について懸念されています。そのため、感染症と死亡率・罹患率に密接な相関があった、抗生物質発見前に戻ることのないよう、新たな抗生物質の研究が強化されてきました。

薬効と製造可能性を向上させる目的で、現在採用されている多くの抗生物質は合成して作られています。しかし昨今、研究者達は自然界で新たな抗生物質の開発に繋がる抗菌活性を有する新規化合物を探索しています。

低速で移動する海洋無脊椎動物が、細菌性感染症に罹患しやすいことが知られています。このことから、海洋無脊椎動物は防御するために何らかの抗菌メカニズムを機能させていると考えられます。実際に、海洋無脊椎動物が抗菌または抗酸化活性を有する秘密の化合物を分泌していることが研究で示されています。
一般的に見られる抗菌対策はリゾチーム様活性と言われ、N-アセチルムラミン酸(NAM)およびN-アセチルグルコサミン(NAG)の間のβ1–4グリコシド結合を加水分解して細菌細胞壁にダメージを与えます。

多毛類はPolychaete(海洋環形動物)とも言われる海洋無脊椎動物で、様々な形で大量の保護粘液を生産しています。身体の空洞、つまり体腔の分析ではリゾチーム様活性が報告されていますが、外部粘液に関する研究は皆無に等しいのが現状です。

多毛類の一種、M. infundibulumの粘液に関する詳細な特性評価がこのほど終了しました。その元素組成の決定に続き、Bruker AVANCE™ III 400 MHz分光計を使用した、多核および多次元核磁気共鳴(NMR)分光法による詳細な分析が実施されました。

予想通り、この粘液の主成分は水でしたが、相当濃度の無機元素、特に塩化物とナトリウムが含まれており、海水の蒸発によるものと推測されます。主要な有機物はタンパク質で、少なくとも7つの主要なタンパク質バンドに分離されました。最も多く含まれたアミノ酸は、バリン、ロイシン、アラニンでした。さらにNMR分析では、アミノ酸のL-グルタミン酸から自発的に形成されるピログルタミン酸の存在が確認されました。

天然の抗菌薬であるリゾチーム様活性は、M. infundibulumの粘液に含まれることが明らかになりました。興味深いことに、リゾチーム様活性は7つの主要なタンパク質バンドの一つに限定されており、それは既知の海洋接着性タンパク質と同定されました。

また抗酸化作用も顕著に見られ、これはトロロックス等価抗酸化能(TEAC)分析で確認されました。

海洋無脊椎動物に由来する粘液は、バイオテクノロジー応用につながる潜在的な生物活性化合物の存在箇所を示唆するものです。最新の研究結果を受けたこの有望な発見は、M. infundibulumの粘液に関する より高度な研究が、新規抗菌薬開発に繋がる可能性があることを示唆しています。

参考文献

Stabili L, et al. Mar. Drugs 2019;17:396.doi:10.3390/md17070396