アプリケーションノート -  磁気共鳴

NMR を用いたIDP研究

天然変性タンパク質(IDP)とは、安定した三次元構造を持たない多種多様なタンパク質を指す用語で、現在広く使われています。

 

天然変性タンパク質(Intrinsically Disordered Protein: IDP)は、安定した三次元構造を持たない多種多様なタンパク質を指す用語として、現在広く使われています。

IDPは、折り畳み構造を持つタンパク質とは異なり、高度な無秩序性、局所的な移動性、高い動的性質を特徴としています。これらの特徴は、明確な三次元構造を持つタンパク質とは全く異なる機能的優位性をもたらします。

15年ほど前までIDPはあまり注目されていませんでした。そのため50年前から使われているX線やNMRなどの立体構造を決定するツールは、折り畳み構造を持つタンパク質を測定対象としていました。

CERMの化学分野のIsabella Felli准教授はIDPに注目しており、NMRを用いてタンパク質を解析しています。同僚のRoberta Pierattelli教授と共に、IDPbyNMRプロジェクト(www.idpbynmr.eu/video)にも関わっており、近年、CERMではこのテーマに注目しています。

二人は、ブルカーと緊密に協力してNMR技術を向上させ、10年足らずの間に、カーボン検出実験の感度を14倍に高めることに成功しました。これにより、カーボン検出のNMR実験は、タンパク質全般の研究に日常的に使用できるようになり、プロトン検出の実験を補完するツールが必要な場合には特に有益です。

「今では、カーボンやプロトンを使ったNMR実験ができるようになっています。これで、例えばアミノ酸400残基からなる複雑なタンパク質にも注目できるようになりました」とFelli准教授は説明しています。

FelliとPierattelliは、Peter Tompaと共同でこれらのNMR実験のアプリケーション分野の一つとして、天然変性タンパク質のフラグメントの研究を行っています。複雑な分子機構を調べていると、いくつかのモジュールは折り畳まれていますが、ポリペプチド鎖の他の部分は伸びている(またはランダムな)状態であることがよくわかってきます。

例えば、Xavier Salvatellaとの共同研究で調べた変性しているフラグメントは、重要な転写因子であるアンドロゲン受容体のN-末端断片です。この受容体の機能不全は、神経変性疾患の発症に関与しており、この例では、脊髄および大腿筋萎縮症の発症に関与しています。

「私達の最初の研究の一部に含まれるこれらのフラグメントは、病気が進行すると、20、25、30、35個のグルタミンが並んだ特徴的なものになるので、これらの病気はポリQ病と言われています」とFelliは説明しています。

研究者は当初、タンパク質のこの部分の特性解析ができたらと考えていました。というのも、この部分は非常に繰り返しの多いアミノ酸配列であり、NMRスペクトルにおいて多くの相関ピークが重なり合って観測されるからです。

しかし、「この分野でも、NMRは非常に優れた知見を提供することができます。繰り返しの多いアミノ酸配列が原因でシグナルが激しく重なり合うためにその帰属が困難です。最近開発された手法を使えば、帰属の限界を克服することができます」とFelliは説明します。

将来的には、さらに高磁場のカーボン検出NMR実験で何ができるのかを楽しみにしています。CERMに1.2GHzのNMRが導入されたら、1,000個程度のアミノ酸までの複雑なIDPの特性評価を始めたいと考えています。

Felliは、今後ブルカーと一緒に仕事をすることで、「今後10年の間に、さらに10倍の飛躍を遂げることができたら非常に嬉しい」と言います。