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産業用麻(ヘンプ)の熱分解液のNMRによる定性・定量分析

エネルギー情報局は、2050年までに世界のエネルギー需要が50%近く増加すると予測しています。さらに、気候変動を最小限に抑えるために、石炭、石油、天然ガスなどの再生不可能なエネルギー源の使用を削減しようとする動きがあり、再生可能エネルギー源の需要が高まっています。

産業用麻(ヘンプ)の熱分解による再生可能エネルギーの製造

再生可能エネルギーの一つに、酸素のない状態で木材や植物などの有機物を燃焼させてエネルギーを得る、バイオマスの熱分解があります。最大限のエネルギーを得るためには、バイオマスに使用される植物は成長が早く、短期間で循環するものが理想的です。繊維利用のために品種改良された産業用大麻であるCannabis sativa. L.は、これらの条件を満たしており、1990年代以降、最も急速に成長しているバイオマス市場の一つです。さらに、この植物は精神活性化合物であるδ9-テトラヒドロカンナビノール(d9-THC)の濃度が低いため、大麻のように燃やしたときの中毒作用が起きないという特徴もあります。

熱分解には、低速熱分解、高速熱分解、ガス化などの種類があり、温度、熱量、滞留時間などの特徴で分類できます。低速熱分解では、副産物としてバイオ炭と熱分解液が生成しますが、このプロセスの環境持続性を高めるためには、これら副産物の用途を考慮しておく必要があります。バイオ炭は土壌改良剤として有効であることが分かっていますが、有機化合物を多く含む熱分解液の利用が不明確です。

熱分解液の副産物の分析による特性評価の必要性

熱分解液の用途を決定するためには、まず副生成物の化学組成を特定する必要があります。産業用麻の場合、葉、ハード(ヘンプ繊維や種子からの副産物)、根の全てが、低速熱分解されます。このプロセスで得られる蒸留物は、親水性画分とバイオオイル画分に分類されます。

親水性画分とバイオオイル画分の両方の熱分解液の化学組成の分析には、FTIR、GC-MS、LC-MS、NMRなど、いくつかの異なる技術が用いられてきました。しかし、蒸留物中の各化合物の濃度に関する情報は限られています。

最近、フィンランドのUniversity of Eastern Finlandの研究グループは、NMRを用いて、熱分解液の親水性画分とバイオオイル画分の化学組成について、定性および定量による総合的な調査を行いました。 

NMRは定性・定量分析に利用可能

この研究では、工業用大麻の葉、ハード(茎)、根について別々に低速熱分解を行い、各部位からの主な化学成分の同定を行いました。各工程において、2種類の熱分解液画分を2種類の凝縮温度で分離しました。親水性画分は70℃、バイオオイル画分は130℃です。その後、Bruker Avance III HD 600 MHzによる1H NMRおよび13C NMR測定を行い、二次元NMRを用いて構造解析が行われました。Bruker TopspinソフトウェアのCubic Spline Baseline Correlation routineを使用して、異なる化合物の濃度が決定されました。

これらのデータから、熱分解液に含まれる115種類以上の化合物が同定されました。麻植物の全ての部位から得られたバイオオイル画分は、主に脂肪酸、フェノール類、レボグルコサン、トリテルペン、カンナビジオールから構成されていました。興味深いことに、麻の部位によって化学組成が異なっていました。葉は、ハードと根(それぞれ6.9 mMと8.6 mM)に比べて、最も高濃度の芳香族化合物(12.4 mM)を含むことが判明しました。

親水性画分では、葉や根に比べてハードが最も高濃度の水溶性化合物を含んでいました。麻の葉の3つの部位全てにおいて、酢酸 (50-241 g/L)、メタノール (2-30 g/L)、プロパン酸 (5-20 g/L) の3種類の化合物が最も高濃度で検出されました。しかし、ケトンやいくつかのフランは麻のハードでのみ確認されたため、ハードは最も多様な化合物を含んでいることが判明しました。

熱分解液の用途の一つとして、環境と人体へのリスクを最小限にするために合成農薬の使用を減らすことを目的とした生物農薬としての利用が提案されています。しかし、これらの蒸留液中の化学物質の濃度プロファイルに関する情報が少ないため、これらの潜在的な農薬の商業的応用への進展は限定的です。従って、今回の発見は、生物農薬としての熱分解液の開発に役立つ重要な情報を提供するものです。

NMRは、大麻のような未知で複雑な植物マトリクスを分析する上で重要なテクノロジーです。機器分析の前に化学的な前処理精製を行う必要がなく、また化合物固有の標準物質を必要としない本質的に定量的な技術です。NMRは、あらゆる混合物の総合的な分解物を分析できるユニークな技術です。ブルカーは60年以上に渡ってNMRの分野で画期的な技術革新を行ってきており、現在でも可能性の境界を押し広げています。

参考文献