アプリケーションノート -  磁気共鳴

コーヒーの不純物検出におけるNMRの有用性

はじめに

コーヒー豆の世界的な取引は非常に価値が高く、数十億ドルとも言われています。コーヒーは何十年もの間、世界で最も人気のある飲み物の一つであり、その人気は上昇の一途をたどっています。コーヒーを飲みながら行われる会議は、多くの社会的、商業的な会合で重要な役割を果たすようになっています。世界中の街角にバリスタスタンドやコーヒーショップが増えつつあるのも、こうした傾向を反映しています。また、コーヒーは、疲労回復や集中力向上の手段として知られていますが、適度に飲むことで、神経変性疾患への耐性、血圧上昇や2型糖尿病のリスク低減など、様々な健康効果も期待されています1,2

コーヒー豆の市場では利益を得られる可能性が高いため、悪質な手段を取るコーヒー取り扱い業者もいます。その場合、トウモロコシや大麦、コーヒーの殻などの安価な原料で嵩増ししたり、アラビカ豆などの高級品種に安価なコーヒー豆を混ぜられています。コーヒーの取引市場が急速に拡大する中、こうした不正行為を早期に発見し、排除し、真っ当な生産者の生計を守ることが重要です。

コーヒー貿易

コーヒー豆は世界中で最も広く取り引きされている商品の一つで、コーヒー豆と引き換えに全世界で数十億ドルが支払われています。ブラジルは世界最大のコーヒー生産国であり、2018年には200万トン以上のコーヒー生豆を輸出しました。これによって50億ドル以上の収益が生まれました。近年、市場はかなり拡大しています。特に消費者は価格が上がるにも関わらず、より高品質なコーヒーを好む傾向が強まっています。消費者が、より高価なプレミアムコーヒーにお金をかけるようになっているため、世界のコーヒーの市場規模は今後も拡大すると予想されます。

コーヒー豆の主な2種類の品種は、市場の約70%を占めるCoffea arabica L(アラビカ種)と、Coffea canephora Pierre ex A. Froehner(ロブスタ種)3です。アラビカ種は最も高価な豆で、滑らかで丸みのある風味が特徴です。ロブスタ種は病気に強い品種ですが、ざらつきがあり、安価に入手することができます。

コーヒー豆の不純物混入

コーヒーは商品価値が高いため、残念ながら食品偽装のターゲットになっています5。これは、金銭的な利益を得るために、食品の意図的な置き換え、添加、不純物混入、虚偽の表示を行うことです4

一部の悪質な生産者は、利益を最大化するために、市販のコーヒーにトウモロコシ、大麦、コーヒーの殻などの安価な材料を加えたり、高級品種のアラビカ豆を安価なロブスタ豆に置き換えたりすることがあります。顧客と信頼できる生産者を不正行為から守るために、このような不正行為を根絶することが重要です。コーヒーには高いコストがかかるため、その品質を保証するために厳しい規制が設けられています。

ブラジルでは、国家衛生局(ANVISA)がコーヒー中の異物混入の許容上限を 1%と定めています6。また、購入するコーヒーの品質を安心できるものにするための試みも行われています。ブラジルコーヒー産業協会(ABIC)という民間の機関が分析し、純良と判断されたコーヒーには 「ABIC 純度マーク」が付与されます。しかし、ABICは1989年の開始以来、コーヒーの純度確認に用いられている分析技術の見直しを行っていません。その結果、分析技術は時代遅れとなり、オペレーターによる誤認の可能性も懸念されます7

粗悪なコーヒー製品の検出

コーヒーの純度を確認し、外から加えられた不純物を検出する能力は、依然として重要な目標となっています。コーヒーの取引業者や輸入業者は、購入するコーヒーが本物であり、パッケージの内容物がラベル通りであることを保証する必要があります。最も安価な材料が混入していても、色や質感がコーヒーに似ているため目視検査では不十分であり、コーヒーの品質保証検査にはより高度な分析技術が必要です。そのためには、コーヒーの純度を主観的でなく、再現性のある形で迅速に証明することが重要です。

コーヒーに含まれるコーン、ライ麦、大麦などの嵩増しのための材料を検出する技術はいくつかあります。同様に、ロブスタ豆にのみ含まれるジテルペン 16-O-メチルカフェストール(16-OMC)を検出することで、アラビカ種 100%と表示された製品へのロブスタ豆の混入を評価することができます5,8,9

焙煎コーヒーや粉砕コーヒーに混入した不純物を検出する方法として、従来は光学顕微鏡や電子顕微鏡が用いられてきました。しかし、これらは試料の前処理に時間がかかる上、主観的な評価に左右されることがあります。近年、より信頼性が高く、再現性の高い分析技術が開発され、より広く適用できるようになりました。しかし、これらの技術の多くは、コーヒー不正取引に用いられる様々な不純物を正確に同定・定量するための十分な汎用性と堅牢性を備えていないことが研究により明らかになっています。

核磁気共鳴(NMR)分光法は、多くの食品や飲料に含まれる不純物を同定するための多用途で堅牢なツールであることが証明されています10,11。従ってNMRは、迅速、簡便、かつ信頼性の高いコーヒー不純物の同定に必要とされる技術であると考えられています。

コーヒーの認証におけるNMR

コーヒーには何百種類もの有機化合物が複雑に混ざり合っており、意図的な添加物の同定を難しくしています。NMRは、最小限の試料調製で、複雑な混合物の全成分を同時に非破壊で同定・定量できるため、この課題解決に理想的であると考えられます。実際、低磁場1H NMRを用いてアラビカコーヒーの真偽を確認できることが既に示されています12

最近の研究で、コーヒー試料中の意図的な添加物を検出するための1H NMRの能力が評価されました13。6 種類の混入物(大麦、トウモロコシ、コーヒーの殻、大豆、米、小麦)を含むコーヒー試料を、Bruker Avance III HD 600MHz NMRを用いて 1H NMR 分析が行われました。データ解析と信号の積分には Bruker TopSpin 3.2 ソフトウェアが用いられています。純粋なコーヒー試料と不純物入りコーヒー試料のスペクトルを比較し、PCA (主成分分析) とSIMCA (soft independent modeling of class analogies) をパターン認識に用いて統計解析を行い、不純物入り試料を判定しています。

異なる産地、異なる焙煎度の市販の挽き売りコーヒーブレンドに1H NMR法を適用することに成功し、これまでの分離手順の必要がなくなりました。中煎りおよび深煎りのコーヒーで満足のいく検出限界(0.31-0.86%)が達成されました。

SIMCAモデルを用いて、粗悪なコーヒーサンプルを100%識別することができました。純粋なサンプルと不純物の入ったサンプルの信号の違いは、主にデンプンに由来するものでした。この信号は、コーヒーサンプル中のコーン、大麦、小麦、米など、一般的に使用される嵩増しのための混入物の存在を特定し、定量化するために使用することができます。

最新の研究により、NMRがコーヒー試料の日常的な品質評価のための強力な分析手法であることが示されています。

 

参考文献

  1. George SE, et al. Critical Reviews in Food Science and Nutrition 2008;48(8):464–486. https://doi.org/10.1080/10408390701522445
  2. Carlstro M, Larsson SC. Nutrition Reviews 2018;76(6):395–417. https://doi.org/10.1093/nutrit/nuy014.
  3. Belitz HD, et al. Food Chemistry. 4th Edition 2009, Springer Science and Business Media
  4. Tibola CS, et al. Journal of Food Science 2018;83(8):2028–2038. https://doi.org/10.1111/1750-3841.14279.
  5. Tocia AT, et al. Critical Reviews in Analytical Chemistry 2016;46(2):106–115. http://dx.doi.org/10.1080/10408347.2014.966185
  6. ANVISA - Agência Nacional de Vigilância Sanitária. Portaria no 377;26 de abril de 1999. http://www.anvisa.gov.br/anvisalegis/portarias/377_99.htm,
  7. Amboni RD, et al. Ciência e Tecnologia de Alimentos 1999;19(3):1–6. https://doi.org/10.1590/s0101-20611999000300002.
  8. Sezer B, et al. Coffee arabica adulteration: Detection of wheat, corn and chickpea. Food Chemistry 2018;264:142-148. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814618308288
  9. Monakhova YB, et al. Food Chemistry 2015;182:178–184. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25842325/
  10. Spiteri M, et al. Food Chemistry 2015;189:60–66.
  11. Gómez-Caravaca AM, et al. Analytica Chimica Acta 2016;3:1 21.
  12. Defernez M, et al. Food Chem. 2017;216:106‐113. doi:10.1016/j.foodchem.2016.08.028
  13. Milani MI, et al. Food Control 2020;112:107104. https://www.sciencedirect.com/science/journal/09567135