マルテンサイト鋼は、高い硬さ・強度・耐摩耗性を併せ持つ優れた機械特性で知られています。一方で、延性が低く脆くなりやすいという欠点がありますが、焼戻し処理を行うことで靭性を向上させることが可能です。
焼戻しに加えて、マルテンサイト鋼中に残留オーステナイトが存在することは非常に重要です。残留オーステナイトは、応力が加わるとマルテンサイトへと変態し、その結果、引張強度と延性が向上します。この現象は TRIP効果(Transformation‑Induced Plasticity:変態誘起塑性) と呼ばれ、鋼の加工硬化能およびエネルギー吸収能力を高めます。
残留オーステナイトを正確に定量することは、長年にわたり重要な課題とされてきました。これは、高い空間分解能が得られる電子後方散乱回折法(EBSD)でも必要とされてきましたが、必要とする空間分解能が高いために測定が困難とされてきました。微細な残留オーステナイトを捉えて定量するには、40 nm未満のステップサイズが必要となります。そのため、研究者はこれらの微細構造を検出・評価する手法として、これまで TKD(透過EBSD法) に頼ってきました。
本例では、FCC相の残留オーステナイトを含むバルクのマルテンサイト試料を、eWARP EBSD検出器を用いて解析しました。加速電圧10 kV、照射電流12 nAのビーム条件、30 nmのステップサイズで、これまでにない高空間分解能のEBSDマッピングを実現しています。これらの測定条件により、超微細なオーステナイト粒が明瞭に分解され、そのサイズ、形状、方位分布を高精度に評価することが可能となりました。
4,988フレーム/秒でデータ取得およびインデックス付けを行い、2.68メガピクセルのマップを90%以上のヒット率で解析しました。その結果、相分率は BCCマルテンサイト相が85.7%、FCCオーステナイト相が4.56% と算出されました(Figure1)。
粒径統計(Figure2)から、微細なオーステナイト構造が確認され、解析した 1,278粒の平均粒径は300 nmでした。一方、マルテンサイト母相には 3,608粒が含まれ、平均粒径は 3.4 µm でした。Figure1には、幅60~90 nm(2~3ピクセル)の、非常に細長い針状のオーステナイト粒が示されています。