赤外分光の基礎

顕微 FT-IR 基礎

ここでは顕微赤外分光法の概要について、検出器、マッピング、ならびにイメージングに関する基本的な疑問に焦点を当てて説明します。

基礎

はじめに

顕微赤外分光、顕微 FT-IR とは?

顕微赤外分光法について

顕微 FT-IR は、光学顕微鏡と FT-IR のもつ化学分析能力を組み合わせた、非常に強力な分析ツールです。

どちらも単独でも強力なツールですが、顕微鏡の空間分解能力と、FT-IR スペクトルがもたらす豊富な化学情報を組み合わせることで、微小領域を化学的に分析することが可能となります。

とはいえ、一般的な光学顕微鏡ではガラスレンズを使用しているため、試料の分光測定に必要な赤外光を自在に導くことができないという、技術的なハードルがありました。

つまり、ガラスレンズの代わりに、赤外に透明な材料を用いたレンズ、あるいは反射対物鏡を使用する必要があります。

顕微 FT-IR におけるサンプリング

顕微 FT-IR の代表的なアプリケーションには、異物分析、故障解析、金属表面のコーティングの分析、単結晶研究などがあります。

顕微 FT-IR においても、サンプリング手法は通常のマクロ測定と同じで、透過法、反射法、ATR 法の利用が可能です。

ただし、透過法あるいは反射吸収法による測定では、試料を非常に薄い状態 (<15 µm) にする必要がありますが、これは、試料調整に時間と労力がかかるだけでなく、コンタミという大きなリスクを伴います。

このような場合、顕微測定においても ATR 法の利用が非常に有効で、試料を非破壊の状態で分析することができます。

顕微 ATR 法について

ATR は減衰全反射 (attenuated total reflection) の略で、顕微 ATR では微小な ATR プリズムの先端部を試料の測定対象箇所に密着させ、その接触面で赤外光を反射させることにより、赤外スペクトルを得ます。

ATR は、特別な事前の準備なしで、ほぼすべてのタイプの試料に関して高品位のデータが比較的簡単に得られます。さらに ATR 法は、空間分解能の点でも非常に優れます。

ゲルマニウム製 ATR プリズムを用いた場合、その屈折率の効果により固浸レンズとして機能するため、透過法や反射法と比較して、4 倍の空間分解能が得られます。したがって、数ミクロン程度の小さな試料の分析もより簡単になります。

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顕微 FT-IR 用検出器について

顕微 FT-IR 用検出器の比較データ。 TE-MCT と LN-MCT は、30 µm のアパーチャと1分の測定時間では、ほぼ同じ S/N を示します。

ここまでは、顕微 FT-IR がポイント測定モードで使われる場合の基本について説明しました。これは、シンプルなアプリケーションや調査研究の一般的なアプローチです。当然のことながら、対象試料が小さくなればなるほど、高品位な赤外スペクトルの取得が困難になります。

これはまさに、顕微測定において高感度検出器が必要とされる理由です。顕微鏡用検出器には、単素子検出器とイメージング検出器があります。 ここでは、顕微 FT-IR に用意されている DLaTGS、電子冷却型 MCT (TE-MCT)、液体窒素型 MCT (LN-MCT) の、 3 種類の単素子検出器に焦点を当てます。

FT-IR分光計の基礎ついて、さらに詳細を解説するページを作成しました。

最新の顕微 FT-IR システム LUMOS II では、最大 3 つの検出器を同時に装備することができます。

L-アラニンドープ重水素化硫酸三グリシン (DLaTGS) 検出器は、最も効率的な焦電効果を示し、高品位のスペクトルが特別な冷却なしで得られるため、FT-IR の検出器として標準的に使われています。しかしながら赤外顕微システムでは、アパーチャ (つまり試料) が小さくなるに従い検出器に到達する光量が少なくなるため、スペクトルの S/N が急速に低下します。

アパーチャサイズが 50 µm 未満の場合には、より高い感度をもつ冷却式水銀カドミウムテルル (MCT) 検出器が最適です。熱電冷却式 MCT (TE-MCT) 検出器の場合は、使用に際して特別な寒剤を必要とせずメンテナンスも不要なため、顕微 FT-IR の標準検出器として採用されています。

それでも、試料サイズが 10 µm を下回るような測定では、TE-MCT でも感度が不足することがあり、この場合には液体窒素冷却式 MCT (LN-MCT) の利用を推奨します。使用時に液体窒素を注入するという手間はありますが、他にない最高の感度が得られます。しかしながら、最新の顕微 FT-IR にはさらに強力な検出器が用意されています:

フォーカルプレーンアレイ (MCT) 検出器

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FT-IR イメージングについて

より高い空間分解能で詳細な化学分析を行いたい場合は、フォーカルプレーンアレイ (FPA) 検出器によるイメージングが最良のアプローチです。選択したエリアの高精細赤外スペクトルイメージを数秒の測定で一気に取得することが可能で、安価なリニアアレイシステムを圧倒します。

得られるデータは FT-IR イメージ、あるいはケミカルイメージなどと呼ばれますが、イメージを構成する画素一つひとつが完全な FT-IR スペクトルに関係付けられています。それぞれのスペクトルデータを解釈することにより、試料の化学的特性を正確に評価することができます。FPA によるイメージングは非常に高分解能で (とくに ATR イメージング)、スピードとデータ品位の両方でリニアアレイシステム大きく凌駕します。

FT-IR イメージングについて、さらに詳細を解説するページを作成しました。

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顕微 FT-IR アプリケーション

マイクロプラスチック、各種製品の清浄度と表面性状、いずれの分析においても顕微赤外分光法は視覚的な検査だけでなく、発見された粒子や異物を化学的に定性できる最適な分析方法です。

アプローチの仕方は、大きく分けて 2 つの方法があります。最も簡単な方法は、試料(たとえば、汚染を示す表面)について、顕微 ATR による分析に直接かけることです。 このシンプルで迅速な方法は、例えば河川の堆積物に含まれるプラスチックなど、複雑なマトリックスに埋もれた粒子に対しても適用が可能です。これは主に、不具合およびその根本原因の分析に有効です。

水または空気の汚染について調査する場合は、赤外光の吸収が少ない材料でできたフィルターを用いて対象物を採取することをお薦めします。フィルター上の採取した異物を、顕微 FT-IR の透過モードで分析します。一般的な材料 (例えばニトロセルロース) でできたフィルターでは、フィルターが赤外光を吸収してしまうため、採取物を測定することができません。

動画 & チュートリアル

一般的な顕微 FT-IR の応用例:故障解析。
顕微 FT-IR によるポリマーラミネートの層構造分析
FPA 検出器による生体組織のイメージング解析

よくある質問

最後に

顕微 FT-IR に関する FAQ

顕微 FT-IR とはどのようなものですか?

これは、FT-IR 測定を顕微的な微小試料に適用することです。言い換えると、顕微鏡下で赤外分光測定を行うということで、故障解析や材料科学の研究分野に最適な分析手法です。

2. 顕微 FT-IR にアパーチャが必要なのはなぜですか?

顕微 FT-IR に搭載されるアパーチャは、視野絞りとも呼ばれます。その役割は、測定対象試料の中の着目するエリアだけの赤外スペクトルが得られるようにすることで、エリア外の余分な赤外光をアパーチャによって遮蔽します。例えば PET 樹脂中に埋もれた大きさ 50 µm の PE  粒子を想像してみてください。 アパーチャを用いず測定すると、得られるスペクトルには PET と PE の両方の情報が含まれますが、アパーチャのサイズを PE 粒子よりも小さく設定することで、PET 由来の信号を遮蔽し、PE だけのスペクトルを得ることが可能になります。

3. 顕微 FT-IR で分析できる最小のサイズはどの程度ですか?

これは、使用する顕微鏡、検出器、測定手法によって異なります。しかし、FPA 検出器とATR 対物鏡の組み合わせた HYPERION では、赤外光の回折限界に迫る大きさ (~3 µm) の試料を分析した実績があります。

4.ゲルマニウム製プリズムを用いた顕微 ATR で空間分解能が上がるのはなぜですか?

ゲルマニウムは赤外分光において一般的に使用される光学材料の中で最も高い屈折率を持ちます。これを試料に密着させてその接触面に赤外光を当てると、固浸レンズとして機能し、プリズムを用いない場合と比較して、その屈折率分だけ対物鏡の倍率が向上します。これにより空間分解能も4倍向上します。

5. FT-IR イメージングとは何ですか?

FT-IR イメージングは、FT-IR スペクトルによる情報をもとにした画像 (イメージ) を取得することです。得られたイメージを構成する画素一つひとつが完全な FT-IR スペクトル情報を含むため、一回の測定ですべての波数に関連付けられた複数のイメージが同時に得られます。得られたスペクトルとイメージを相互に解釈することで、試料の化学的特性をより詳しく評価することができます。